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来週月曜 [CIDP]

来週月曜いよいよ退院日となりました。

右首に挿入して直ぐに痛み出してカテーテルを抜けば43度の高熱発

いわゆるカテーテル感染症ってやつ・・・今回で3回目となる!なりやすい人はなりやすいと言われているけどここまで感染症にかかりやすい患者って・・・

他にもいるのかなぁ~?

左首挿入時には抗生剤を大量投与し、ただひたすら安静に触らないで只ひたすら安静にと言われ続けた結果、おしりに床ずれが出来てしまった(T-T)

まぁ、おかげで何事もなく血漿浄化6回目も普通に終わり、何事もなかったかのように今回はカテーテルを抜いても大量出血とはいかなかった・・・出血しても嫌な思いしかしないから嫌だけどさ・・・

今月はいいことが2つあった。

1つめは私が提携している『もじの素』で上位書家ランキングにて私の雅号(書に使う別名)’’ぷにゃ吉右衛門美菖蒲介光陽’’が3位に浮上してきたこと(今現在、3~4位をいったりきたり)

2つめは私の運営する硬筆教室の唯一の弟子が月刊硬筆競書で小学1年5級の部で1位になり写真掲載されたと同時に最高位の4級に昇格したこと。師匠である私は握力のなさから線が震えたりして結果は散々たるものだったがステロイド投与のおかげかグリップに力が入り、思うような線が書けていた結果、上位に食い込んでいた。私ですら苦手な硬筆で写真掲載なんぞなかったのに弟子はそれをやり遂げた。

弟子の成長とともに私も成長しているのがわかるような気がする。今後一層気を引き締めて、書に向き合おうと思う瞬間でもあった。

私は退院間際に病院へ提案書を書いて提出する。

このことは別なブログの時に書こうかと思う。

今日はこれでおしまい。恐惶謹言


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血漿浄化療法 [CIDP]

右首のカテーテル部分の感染症の高熱発も漸く収まり、今週月曜、今度は左釘にカテーテルを挿入し、午後から度目の血漿浄化に臨んだ。

今回は前回と同じ轍を踏まないように抗生物質などいろんな点滴が吊されていた。

最初見たとき、つい笑ってしまった( ̄∇ ̄)フフフフ

浄化時間は約1時間、同じ体勢でいるのは辛いのでテレビや映画も見ることが出来る。

しかし、人工透析と違い、治療時間が短いということだ・・・

透析室のベテランの看護師が慣れた手つきで左のカテーテルに機会とドッキングさせ血液を入れ替える。今回は特別に機械を写メらせてもらった。

この写真をアップするが血が映像として写るので血の弱い方は極力見ないことを勧めます(笑)

今回は以上・・・。恐惶謹言

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入院二日目で・・・ [CIDP]

こんにちは

入院中のぷにゃきちです。

月曜に入院して当日に右首にカテーテルを挿入しました。痛覚麻痺でぶっとい針を刺しても全然痛みを感じないんですよね。いいことなのか?わるいことなのか?・・・・

でも異変が起きたのは二日目、カテーテル挿入部分が急に痛み出してきました。でもその時は刺した部分は腫れておらず、熱も平熱だった為、まあ・・・放置でした。

しかし翌日、事態は急変、挿入部分が腫れ熱も42度とやばい状態に・・・

外来診察していた主治医が走り込んできてカテーテル感染だ!急いで抜いて止血準備!と叫んでいました。

2日間死にかけだったですが今は少し落ち着いてきましたがそれでも38度前後です

あれだけ用心していた感染症が起こってしまった

原因は挿入時に空気にひっついていた菌がそのままカテーテルに付着して感染症を起こした?という説明だったけど・・・

それなら無菌室でするなり方法はあったとおもうのだけどなぁ~

ということでまだ生きてます。

月曜、この度は左首にカテーテル挿入して血漿浄化をする予定です。

嫌な予感しかしない(;゜ロ゜)

でも効果は見込めるので主治医の先生を信じるしか他はない

がんばろう!自分の為に・・・
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いよいよ [入院前の食事]

明後日月曜から第④クール血漿浄化療法と1ヵ月近い入院が始まる

前回は原因不明の感染症からの高発熱とカテーテル挿入部分からの2日間に及ぶ大出血

今回もそれが起こらないとは限らない。主治医の先生曰く、感染症になりやすい人は感染症を起こすリスクは高いそうだ。でも痛覚麻痺と温度感覚麻痺のせいで高熱が出ても全く分からない。自分自身全くそれの自覚がないのだ( ̄。 ̄;)

さて話変わって、連日家に来る姪っ子J・・・夏休みの宿題である書作品を完全に仕上げる為に私の部屋に訪れる。私が座る椅子を陣取り。少しおぼつかない動作で下敷き、硯、墨汁、文鎮、筆を次々置いていく。

昨日は午前中、痛みの発作があり昼過ぎまで寝込んでいたと思う(正確には寝込んでいないけど)

そして、静かに部屋に誰か入ってきて私の背中をツンツンと押し、ぷにゃちゃん、起きてる?と言ってくる。振り返れば彼女だ。痛みを堪えて車椅子に乗り、筆を執り一緒に課題を書いていく。後は言葉で『はい、そこで筆をいれて筆を立たせる!上から下までまっすぐいってそこで三角をかいてまた下・・・横にいってそこまで!そこで力を入れて上へはねる!そして最後に点ではねる』と言って教える。ちなみに今の練習文字は平仮名の『』である。

それを繰り返し頭の中に叩き込み本人が文字を書く時にこういう風に言ってたなと考えながら書く事が出来る。私も幼い頃、書道教室で師匠に教えて貰った方法を生徒である姪っ子にも教えている。

もう少し入院が遅かったら時間があったらまだ教え込み、良い具合に仕上がったと思うがこればっかりは仕方ない。あとは妹に託すしかないけど、妹は私とは正確が正反対(笑)

毎回、我が家では入院前に好きなものを食べれる事が出来る。病院食では決して出てこない料理で頑張って欲しいという両親の気遣いだ。先日、唐船峡に行ったからもう満足だよと言ってもあれはあれ!これはこれと言ってくれる。ホントに家族って良いなぁ~ホント幸せです。

しかし、それを狙ってかどうかは知らないが・・・いや確信犯だな!

我が家の食卓で食事をしたがるハンターがいる。それは妹を含めた姪っ子、甥っ子達・・・

妹たちはこう思ったに違いない。お盆になる前に何処かへ食べに行くだろう。旦那も飲み会でいない事だし兄貴達の食事に便乗しようと・・・・

妹の中では焼き肉だと踏んでいたらしいが先日の唐船峡もあったし、何より夏の御中元で鹿児島特産の黒豚を沢山貰っていたのでしゃぶしゃぶと手巻き寿司になって、いざ家に来た妹はさぞガッカリしただろう(*´∀`*)

食事できるだけありがたく思わないとねぇ~

今日は入院する為の準備とネット注文分の命名紙&過去帳(仏壇に置く位牌の代わりの個人の名前などを書いた帳面の事)の仕上げと発送。提携を結んでいる『もじの素』の文字のアップなど、とにかく大忙しだ(;´Д`)

まだまだ各地、酷暑ではありますが熱中症には十分の気をつけて御身を大切にお過ごし下さい。

入院中でもブログ更新が出来るようであれば極力アップします。

でわ、しばらくの間(´∀`*)ノバイバイ

恐惶謹言


ぷにゃ吉右衛門美菖蒲介光陽





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病院以外の外出先で・・・ [障害者に対する心ない言葉]

DSC_0095.png昨日は午前中から妹の子(姪っ子J)が私の部屋に来て夏休みの宿題である習字を書きに来た。

園児の頃より私の元で硬筆を習い、今では小学1年でありながら上位に名を連ねている。

私の指導がいいのか?それとも本人の資質なのか?

・・・・99.99%本人の資質だろう。うん・・・・多分(*´∀`*)

しかし、鉛筆と筆ではやはり筆の扱いは初心者には難しいかなと思いきや私の想像を遥かに超えた筆の扱いだった。ただやはりまだまだだなぁ~と思ったのが『墨のつけ方』に難があった。墨の付けすぎで下敷きに墨がこびりついて新しい紙を置いた時にすぐ汚れていた。これではどんなに良い作品も台無しになってしまう。

私が入院する前に書き終えたいと思っている妹は出来ただけで良いよと思っているみたいだが教える側としては少しでも良い作品に仕上げて貰いたいが為、姪っ子に手取り足取り教え込んだ。

筆の持ち方から墨の付け方、筆の慣らし方や起筆、送筆、終筆といった基本的な事を何回も100枚近く書かせたような気がするが姪っ子自身書く事が楽しくて辞めたいとは一言も言わなかった。

その努力のおかげで私自身、100点満点とは言い切れなかったが一夜漬けであそこまで書けたらまあ上出来かなと思いながらも最後の仕上げがまだある。

それは『学年と名前』どんなに良い作品を書いても名前を失敗してしまうと台無しになってしまう。なので名前も50回程だろうか・・・書かせた。

というより先程も言ったが姪っ子自身が率先して自ら練習に励んでいた。

私の部屋の隣は母が経営する地元でも古参の美容室だ。

正午を過ぎて、母が部屋に入ってきて、姪っ子もいる事だし来週入院が始まるからそうめん流しに行こうと言ってきた。

家から車で30分程掛かるそのそうめん流しは地元と言うより県民なら一度は必ず行った事はあるであろう超有名なそうめん流しである。

私が住む県は鹿児島県

そのそうめん流しがある場所は鹿児島県指宿市山川にある『そうめん流し 唐船峡』だ!!

1週間ぐらい前に夕飯の時だったか、ボソッと入院する前に唐船峡に行きたいなぁとつぶやいた

それを聞き逃さなかった母は私が外に出れないストレスなどを抱えてる事を知っている為、何日か前から計画していたらしい。ぐすん(T-T)

しかし外出出来ない理由はもう一つある

それは今私が移動に使っている電動車椅子は屋内用でありタイヤがノンパンクでない事や段差が登り切れない理由があった。

唐船峡に自走式だけど車椅子がある事は知っているけど私の身体には・・・合わない(涙)

しかも私の身体がデカイせいで後から押す両親に申し訳ない気持ちになる

それでも両親は大丈夫だからと言って私を誘った、習字を書き終えた姪っ子もついでに行く事になった。

でもこの時、その後に私の身に降りかかる差別的な事が起こるとは思ってもいなかった

父の運転する車に乗り込み、車窓を眺めながら膝を枕にして瞬時に寝る姪っ子・・・

ある意味凄い特技を持っている(*´∀`*)

そして、3年ぶりの唐船峡に到着

夏休みと言う事もあり、やはり車が多い、食券売り場には100m程の長い行列

ここに行く場合、予め予約をしておいた方が良い

なのですぐに席も確保できるし、料理もすぐ運ばれてくる

小学1年になって食欲旺盛になっていたはずの姪っ子の食がなかなか進まない。理由を聞くと近くに泳いでいる鯉やニジマスの餌を早く撒きたいらしくそうめんは後回しって感じだった。

両親に諭され、漸く食事を取りはじめ約束通り鯉のえさを買い、エレベーターのある来た道に戻っていこうとした時だった。

中国の団体客の一人が私を指さし何か叫んでいるように思えたが生粋の日本人である私には何を喋ってるかはわからなかった・・・が悪い口調で何かを言ってたように聞こえたのは分かった

そうすると後から父が中国語で激高寸前のような形相でその中国人に叫んでいた。

あまりの形相と父の迫力にびびったのかその中国人は謝ってるような言葉で何度も頭を下げて逃げるように去って行った。父が後から私にもう大丈夫だからと言ってきた。

私の父は海外航路の船長をしていて、英語、中国語、台湾語をマスターしていた。

なのであの中国人が何をいっていたのかすぐわかったそうだ

帰りの車内で運転しながら父が私にこういった

アイツはお前に差別的な事を言ってたんだと内容はお前のせいで足を骨折している息子が車椅子に乗れなかった。すぐ降りろ。太ってて歩くのが面倒だと思うのならこんなところにくるんじゃねえと言っていたらしい

その言葉に激高した父が反論した。息子は見た目は健常者だが障害者だ!立って歩く事が出来ないから車椅子なんだ。太ってて歩きたくないとか何だ?馬鹿にしてるのか?障害者にそんな発言や態度を取るのなら警察呼んでもいいだぞと言ってくれていたらしい。それであの謝罪だったのか・・・

そう言うといつもの寡黙な父に戻った。

入院中も病院スタッフに心ない事を言われた事がある。

日本でもそうだが海外の人からも言葉はわからなくてもそういう差別的な事を言われると少々凹む。

すると今度は母の口から100人いれば何人かは心ない事をいう輩がいる。挫けるんじゃないよ!これからもそういうことを言われ続けるかもしれないけど頑張るんだよと・・・

それを聞いてるうちに鯉の餌やりとそうめんに満足したのか、また私の膝の上で眠りこける姪っ子・・・

可愛い寝顔だ・・・可愛い姪っ子だ!後何年したら反抗期とかキモいとか言われるんだろうか・・・

そう言われるとちょっと淋しい・・・

以上昨日の出来事でした

写真は姪っ子の力作です(笑)

まあこれからですね。

DSC_0094.png
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デブの日 [雑談]

ドリームメールというサイトをご存じでしょうか?

アンケートやその日の運でメダル等を貯めて宝くじやビンゴゲームを無料でする事の出来る宝くじサイトです。

https://www.dreammail.jp/

そのおみくじを引いてコインをもらうゲームというかまぁ・・・そんなものがあるんですがその下に今日は何の日というものがあります。

大体当て字なんですがいつもサラッとみてはいはいって感じなんです(*´∀`*)

が私自身、おデブなのでつい目が釘付けになってしまいました。

掲載されいてた文章はこのようなものでした。

コピペでまんまの文章です。

大日本肥満者連盟(大ピ連)が1978年に制定。「8」の字のふくよかなイメージと、肥満体型こそ水着がよく似合うということから。

らしいです。

私が生まれる前に制定されていたんですね。

小さい頃は自分でも言うのも何ですが可愛い男の子だったと思います。

それが今では太っていて不細工な顔の障害者となってしまいました・・・( ̄。 ̄;)

イケメンとか偶に嫉妬してしまいます。

世の中、不公平ですね・・・。
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特別障害者手当 [障害福祉]

昨年障害者手帳を交付された時、別外来の先生から言われた事がある。

障害者手帳を貰ったのなら受けられる恩恵は全て受けた方が良いと言われた。

早速申請したのが障害者年金だった。社労士も間に入れて申請をしたけど要件を満たしておらず不支給だった。何の為にこれまで保険料を納付していたのか?あと20数年経たないと年金は貰えないのか?そう考えると今の仕事をしないといけないという感情が出てきた。

障害者手帳を交付されても年金は健常者であった時と同じくちゃんと納付しておかないと支給して貰えない私のように1~2ヵ月に1回、加療入院をしなければならない難病患者にとって酷な話である。

車椅子生活になり、病院以外、外に出る事があまりなくなった私にとってある障害者手当が該当してきた。

それが『特別障害者手当』であり、今現在、唯一国から支給して貰える制度だ。

しかし、これもまた色々な要件がありそれに該当しなければならい。

市役所で貰える主治医の先生に書いて貰う役所指定の診断書。

難病受給者証&障害者手帳提示

以下の要件

日常生活において常時特別の介護が必要な障害を有すること。

障害を重複して有すること、もしくはそれと同等の疾病、障害を有すること。 両眼の視力の和が0.04以下のもの

両耳の聴力が100デシベル以上のもの

両上肢の機能に著しい障害を有する者又は両上肢のすべての指を欠く者若しくは両上肢のすべての指の機能に著しい障害を有するもの

両下肢の機能に著しい障害を有する者又は両下肢を足関節以上で欠くもの

体幹の機能に座っていることができない程度又は立ち上がることができない程度の障害を有するもの

身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が上記と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの

精神の障害で上記と同程度以上と認められる程度のもの

身体障害者療護施設等の施設に入所していないこと

病院又は診療所に継続して3か月を超えて入院していないこと

20歳以上であること

最後に役所の福祉課の担当者が訪問調査に訪れ、家での私の動線、身体の状況等事細かに聞いてくる。私の疾患自体が超希少難病であるが故に市の担当者も事前に勉強して私の症状などを聞いてきた。

これも珍しい障害だからと言って『必ず』支給されるものではない。

まだまだ国は障害者に対して冷たい感じは拭いされない。

実際、難病支援センターで困った事があれば阿南でも相談して下さいと言っておきながら補装具申請や障害者が受けられるはずの恩恵は未だ不申請や不支給といった現状がある。

どうすれば変わるのか?その答えを私は知らない・・・。



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痛みの発作 [CIDP]

厚い酷暑の中、御輿を担ぐ子供達や大人達の声と共に歓声が上がる

やはり今年の夏は家でひっそりと過ごす事になった

というより昨日は朝食後から突如、痛みの発作に襲われていた。

痛みの発作とはCIDPの悪化と共に身体のあちこちに疼痛がおこる現象の事である。CIDPだからといって同じ症状がでるわけではない。患者によって軽い症状の方もいれば私のように電動車椅子が移動手段になるほど重症な方もいる。私の場合、皆さんも入院時に入院診療計画書というものを貰うと思いますが20回目の入院時、これまで病名はCIDPのみだった。その後に『増悪』と言う文字が書き込まれていた。

看護師さんにそれを聞くと?らしく結局、主治医の先生に聞いてみた。

これまで診てきたCIDPの患者さんの中であなたの症状はこれまでのどの患者さんより重症だと言われた。

ショックだった・・・

少しでも良くなる方向へと辛い治療にも耐え頑張ってきたと思っていたものが崩れ去った瞬間でもあった

病院で痛みの度合いを聞かれると思う

1~5とか1~10とかそんな感じで聞かれると思うけど今現在の私の痛みのレベルは常に『10』だ

痺れ疼痛、末梢神経の脱髄、そして疼痛を越えた更なる疼痛

酷い時だとその疼痛が全身を襲う・・・これを痛みの発作と呼んでいる

こうなればベッドに横たわりただ痛みが消えるのを待つしかない・・・

頓服で服用する痛み止めも全く効かず、まだ口癖のように言う『痛い』という言葉はマシな方でベッドでその痛みに耐える時は常に涙が流れる。

それほど痛すぎる症状だ

私の体格は190cmの体重110kgと大柄な体格である。自分でも我慢強い方だと自覚していたはずだけどあの痛みの発作にはどうやっても抗う事は出来ない。

結局、昨日は朝食後から夜の23時までずっとベッドにくくりつけだった。

この発作はほぼ毎日夜中に訪れるが稀に日中におこる場合がある

夜中に起これば痛みでほぼ眠る事は出来ない。

ここ2年のぐらい、睡眠時間は平均で1~2時間眠れたら良い方だ・・・

今日はまだ『痛い』という言葉がでるぐらいでブログ入力が出来る程穏やかな一日である。

来週月曜から血漿浄化療法第4クールが始まる

どうなるかは神のみぞ知るということか。

入院生活は極力アップしていく予定だけどいつ発作が起きるか私自身わからない。

ブログがアップされてない時は発作が起きたんだと思って貰えれば幸いです。
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地元の祭り・・・なんだけど・・・( ̄。 ̄;) [雑談]

今日明日と地元で唯一のみなと祭りが執り行われます。

目玉はなんと言っても最終日の花火!

最後に三尺玉を打ち上げます。

豪快で綺麗なんですよね

でも今年は病院ではなく家にいるので外に出て見れるのかと思いきや、両親の全力の阻止があり、断念しました。

車椅子で行けば何の問題も無いのに・・・って言ったらあんな人混みに中に車椅子で行けば他の通行者の邪魔になる。

まあ言われればそうなんだけど移動手段が電動車椅子しかない人間は祭りに行く事さえ許されないのか?

最後に祭りに行ったのは5年前・・・FBの5年前の今日の写真が掲載されていました。まだ歩けていた頃の写真でした。懐かしいなぁ~

治療ばっかりで何の愉しみもない私にとって祭りの雰囲気だけでも味わいたかったのに・・・

残念です

妹に頼んで三尺花火のシーンだけ撮って貰ってLINEで送って貰おうかと思います

今年はそれで我慢・・・

そして三尺花火打ち上げ後、地元のありとあらゆる道路が渋滞になる日でもあるんですけどたまに家の前まで迷い込んでどうやったら市街地抜け出せるか聞いてくるんですよね

ナビついてないの?スマホ・・ないの?

何の為のGoogle?

ググってみなよ(笑)

多分明後日もこんな感じで迷い人が訪ねてくるはずです。

終わり(*´∀`*)


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私の職業 [雑談]

私の職業は自営業です

筆文字代筆 ぷにゃきち笑店というサイトを運営しています。

CIDPを発症するまでイラストレーター、プログラマー、そして畑違いの料理人と様々な職についていた。

しかし、これまで得たスキルが今の職に役立っている。

最初は書道をしていると言う事で友人が子供を授かった時プレゼントがてら命名紙を書いていたのが事の始まり・・・

それは友人間で口コミで広まり、いつしか2人目が授かった時も普通に頼まれるようになっていた。

しかし、市販で販売されている命名紙は大概決まったデザインで思ったようなデザインがない。

そこでイラストレーターのスキルを使い自分オリジナルの背景を描きそれをフレームにして名前を揮毫するという考えに至った。

それから数年後、もっと早くに取得していたであろう書道師範を漸く取得

そして、あの忌まわしい病魔に取り憑かれ、職を失った。

会社としてはまだ治る余地があるのだからと会社に席を置いて下さったがさすがに3年も経過すると申し訳ない気持ちと新入社員の顔が分からない上に技術は日々進歩する矛盾に耐えきれなくなっていった。

仕事としてリア充してお世話になった会社を後にし、その後は闘病生活・・・

難病受給者証を受け取り、主治医の先生の提案で障害者手帳の申請、上下肢2級の1級の手帳を取得して障害者が申請すれば貰えるかもしれない障害基礎年金を申請したが3つの要件に1つが当てはまっておらず受給不可であった。

仕事もない、障害年金も貰えない。無職の無収入である。この病を患い、一人で生活出来なくなった私は、地元にある実家へ帰らざるを得なくなった。そうでなければ筋力の弱った身体では転倒し傷をおう可能性が高いからだ。

こうして両親の脛をかじりながら病院での治療や入院をさせて貰い、生きながらえさせて貰っています。

しかし、これは両親が生きていてこその闘病生活。

病院に入院するにも難病受給者証を持っていてもその資金は両親の貯蓄から成り立っている。

今はこうして両親に甘えているが最悪の事を考えたら自分で何とか収入を得る事が大事だと考えた。

しかし、今の私に何が出来るだろう。入院しながら仕事?限りなく不可能に近い・・・

そうなれば自分で起業し何かをして収入を得なければならないと考えた時、頭を過ぎったのが『命名紙』だった。こうして筆文字代筆 ぷにゃきち笑店は誕生し、今現在に至る。

現在、ぷにゃきち笑店BASE店はリニューアル中である。その代わりと言ってはなんだが他サイトでもぷにゃきち笑店はある。

もじの素』という筆文字を販売しているサイト、わたしはぷにゃ吉右衛門美菖蒲介光陽(ぷにゃきちえもんよしあやめのすけこうよう)という書家名で提携を結んでいる。まだ提携して1ヵ月足らずだけど人気書家ランキングに食い込んだ。

まあ書家の数は少ないけども個人オーダーの数が意外と多い。

ずっと続けてきた趣味の書がこんな形で役に立つとは夢にも思わなかったが今は、これで十分に感謝している。下にバナーを貼っておきます。お暇な時に覗いていって下さい。

今日も長文になってしまった。

ここまで呼んで下さり誠に感謝です

恐惶謹言


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